アポロ計画捏造説#45 NASAの技術資料APOLLO PLSS(生命維持装置)を訳してみました

アポロ計画捏造説#44 では、Daft PunkのContactという曲に入ってるアポロ17号の船長の音声について書きました。

今度はNASAの技術資料APOLLO PLSS(生命維持装置)を訳してみました。

このページはNASAの技術資料を訳しただけの公平な内容ですが、ブログ全体はアポロ捏造説について書かれています。人によっては受け付けないと思いますので、そういう人は他のページは参照されないよう、くれぐれもご注意ください。

APOLLO PLSS(生命維持装置)

Apollo PLSS 画像
特に断りのない限り、これらの画像は本格的な断面図であり、Portable Life Support System(PLSS:生命維持装置)のエンジニアリングモデルです。内部の構成部品の色付けは重要なものの識別のために使われています。生産モデルでは色付けはされませんでした。

これらの画像の中では、PLSSの「正面」は宇宙飛行士の背中を受ける側を通例としています。これらのほとんどの画像は「正面」から撮影され、そしてそれ故に読者の「左側」は宇宙飛行士の「右側」になります。

特別に言及される場合を除き、写真はジャーナルエディターのエリック・ジョーンズによって撮影され、フランク・オブライエンによってスキャンされました。PLSSモデルの情報提供のため、NASAジョンソン宇宙センターのジョー・コスモに感謝します。

サムネイル画像をクリックすることで、新しいブラウザウインドウでフルサイズの画像を表示することができます。

PLSS システム概要
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まず、PLSSとその主要コンポーネントのハイレベルの略図はここで見ることができます。コンポーネントを正しく把握するために詳細な写真を見るときには、これらに戻って参照することがとても役に立ちます。PLSSは3つの異なったシステムで構成されていますが、PLSSというフレーズはしばしばこれら3つのコンポーネントすべてを参照して使われます。

この略図はPLSSの主要コンポーネントを、コントロールのことや展示することも加えて、示しています。ここには3つの主要なコンポーネントがあります。生命維持装置(PLSS)自身、酸素浄化システム(OPS)、そして胸に取り付けられたリモートコントロールユニット(RCU)です。PLSS自身における主要なコンポーネントは正面右上隅に配置されています。船内を移動する際の、水の分流弁、一次酸素遮断弁、それと水の遮断と解放弁といったものがあります。これらの弁(バルブ)はお互いに密接してはいますが、影響は与えにくいようにできていました。弁(バルブ)を操作するためには、しばしば他の乗組員からの手助けが必要でした。

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概略図(左)はPLSS、OPS、それとRCUの個々のコンポーネントを示しています。この図は特にPLSSと宇宙服の間の水と酸素の流れを理解するのに役に立ちます。追加の図(右)では宇宙服とPLSS/OPS/RCUの電力、水、酸素、通信供給パイプラインといった接続を理解するのに役立ちます。マウロ・フレスチ・フルランはRCUの上面を見たはっきりとラベル付けされた写真を提供しました。

PLSSのさまざまな電力、水、酸素のコネクタをハイライトしたPLSS/OPS組み立ての正面図と背面図はこの下に並べて表示されています。
Front (60k; jpg)
Back (54k; jpg)
水の分流弁は、気化された物質をループ状になった水循環装置で循環させ、水を流すことで冷却調節するために使われます。気化された物質に送る水の量を調節するのに3つの場所が利用可能でした。最小設定では最小限の水を気化された物質に流用し、そして75から80度の間で水を循環しました。中間の設定では宇宙服内の水路に入る水は60から65度の間でした。最大設定にセットすると、ほとんどの水を気化された物質(結果として最大の冷却)に流用し、水は40から45度になります。

ほとんどの時間、乗組員は最小冷却の設定を維持しており、運動する期間だけ中間設定の冷却が使われました。冷却機能は高い設定にすると特に効果的でした。アポロ16号の宇宙飛行士ジョン・ヤングは、彼が休んでいる際に中間設定にしていたところ「凍った」ことを述べました。

第二に、PLSS上の中央の弁(バルブ)は酸素遮断弁です。開いた時、酸素はPLSSにある高圧シリンダからフローリミッタや圧力調節器を通じて宇宙服の中に流れていきます。いったん酸素遮断弁が開かれると、圧力調節器は自動的に宇宙服の圧力を約3.7PSIに維持しました。

第三のそして最も内側にある弁(バルブ)が水の遮断と解放弁でした。開いた時、水がタンクからループ状になった水循環装置に流れるようになります。この弁(バルブ)は開と閉の2つの状態しかなく、PLSSと宇宙服の間の水の流れを制御しました(実際の水の温度は水の分流弁で調節されていたことを思い出してください)。

PLSS制御弁の後ろ、左下側にあるのが、プライマリ酸素コネクタです。月着陸船下降段の供給タンクからPLSSの酸素ボトルを再充電するのに使われました。これらのコネクタは、すべての他の再充電装置のように、流星塵や熱による圧力から守るためにフラップの下に隠されました。

PLSSの裏側の周り、底部には、水再充電装置があります。酸素再充電と同様に、冷却水が下降段にあるタンクから供給されました。排水は、酸素ループ内の水蒸気から凝縮されたが、再充電サイクルの間に排出され、月着陸船にある排水タンクに溜められました。

3つの制御弁の上にあるのがPLSSバッテリーです。各バッテリーは一回のEVA(船外活動)を行う上で十分な容量を持っていました。1つ目のバッテリーは、打ち上げ前からインストールされているが、2回目のEVAの前にはEVA事前手順中に取りかえられます。スペアバッテリーはMESAの中に格納されていて、EVA終了手順中にキャビンの中から新しいものが持って来られました。

制御弁の逆側に(乗組員の左手側、私たちからすると右側に)、そしてPLSSの一番上に、水酸化リチウムキャニスターがインストールされています。キャニスターはその容器の中に縦にインストールされていて、カバーは部品のための機密シールの役目をしました。バッテリーと同様に、新しい水酸化リチウムキャニスターが打ち上げ前にPLSSにロードされ、新しいキャニスターはMESAの中に格納されていました。

4つのストラップは宇宙飛行士の宇宙服に直接PLSSを固定しました。ループ状のストラップは、地球上の伝統的なバックパックでも見られるのだが、硬くて厄介な宇宙服では扱いにくいものとなるでしょう。その代わり、それぞれのストラップはラッチクリップで止められました。肩のストラップは宇宙服の胸上方でリング状の部品に接続され、PLSSの重さの大部分を支えました。下側のストラップは、PLSSの横方向の安定性を維持するために使われ、両方のヒップのちょうど真上に位置するリングに接続されました。最もよくフィットするように各ストラップの長さで調整できるようになっています。

十分に充電されたPLSSが打ち上げ前に月着陸船に積み込まれており、最初のEVA(船外活動)前のかなりの時間を節約しました。引き続き行われるEVAのために、乗組員は翌日使うためにEVA終了手順の間で新しいバッテリーと水酸化リチウムキャニスターを回収しました。PLSSの再充電には6段階のプロセスがありました。通常はEVA事前手順の一環として行われたのだが、PLSSの消耗品を充填するために業務時間後の予備の時間を割り当てる乗組員もいました。手順は宇宙服一点に対して約30分を要し、乗組員はそれぞれ自分自身の装備に対して取り組みました。膨大な量のタスクがあり、この一連の手順は1時間未満で行っていました。

まず最初にバッテリーと水酸化リチウムキャニスターは新しいユニットと交換しました。使用済みバッテリーとキャニスターは大きな袋に入れて保管した上で翌日のEVAの始めに月着陸船下降段の下に投げ込まれ、あるいは最後のEVAミッションの後ではフロントハッチに廃棄されました。次に、PLSSにある酸素ボンベは月着陸船下降段の高圧酸素供給部から2段階のプロセスで充電されました。まず、PLSS酸素シリンダを約90%満たすよう充電が行われました。数分後(シリンダーを冷却して)、酸素の供給は約95%から98%にして完成されました。最後に、3段階のプロセスが水管理システムを提供するために使われました。ステップ1では冷却水の供給を充電しました。次のステップでは排水が排出されて、ステップ3では冷却水システムから余ったガスを排出しました。そのようなガスによって作られた気泡は宇宙服内の冷却水の流れを妨げる可能性がありました。

月着陸船へのPLSSの積み込み
地球からの飛行中や着陸最中、月着陸船操縦士(LMP)のPLSSはハッチ前方の船尾の床に直接取り付けられました。写真はガーデンシティの航空博物館で2002年にフランクとスタンリー・オブライエンによって撮影されました。



船長(CDR)のPLSSはフライトステーション後ろの仕切り側面に固定されました。写真はキャビンの後ろ側に向かって撮っており、ガーデンシティの航空博物館で2002年にフランクとスタンリー・オブライエンによって撮影されました。クリックすると大きな写真を見ることができます。



Apollo PLSS 画像
酸素浄化システム(OPS)の2つの酸素格納球およびそのレギュレーターは青いフレームの枠内に見られます。OPSの圧力計(緑色)は右手の酸素格納球の下に見ることができます。OPSはPLSSから完全に切り離されており、PLSSが故障した際の緊急時の使用を考えていました。水平の青いプレートはOPSを取り付けるためPLSSにマウントポイントを提供します。OPSの下には船外通信システム(EVCSあるいはラジオモジュール)(水平に置かれた2つの金のボックス)それと熱交換器 / 昇華器(銀色、切り取られた形に見える)。水酸化リチウムキャニスターは昇華器の下の裏側に緑と白で見ることができます。

水酸化リチウムキャニスターはPLSSに差し込まれているように見えます。酸素がループして戻ってくるところで、水酸化リチウムは酸素を流すために二酸化炭素を吐き出すためのスクラブに使われました。キャニスターを取り付ける開口部は、PLSSの宇宙飛行士の左手側、およそ肩の高さのところにあります。このエンジニアリングモデルでは、キャニスターはPLSSの内側に見ることができます。生産モデルでは、キャニスターは完全に中にもぐりこんでいます。

PLSSの宇宙飛行士の右手側、PLSSの正面は私たちから見て左側です。水酸化リチウムキャニスターホルダーの丸い白いカバーは写真中央に見ることができます。キャニスターホルダーの下には、赤色で、2つあるPLSS酸素ボンベのうちの1つがあります。PSLSSは(月着陸船も同様だが)、圧縮された高圧の酸素が呼吸のために蓄えられています。液体窒素は呼吸するための酸素としては使われませんでした。超低温で保管し管理する必要があり、複雑さや重さに問題があったためです。PLSSの酸素ボンベの右手にある2つのホースは(緑の酸素用マニホールドに接続されている)供給用ホースとなっていて、返還用ホースは熱交換器 / 昇華器(写真では隠れている)と水酸化リチウムキャニスターに接続されています。

熱交換器 / 昇華器(銀色、切り取られた形に見える)、無線用モジュール(銀)、それと水酸化リチウム(背景,、緑と白)の拡大図です。リモートコントロールユニット(RCU)は、前景にあり、乗組員の胸に取り付けられます。

昇華器と熱交換器はPLSSの返還用の部分です。酸素は、宇宙飛行士の体によって発生された熱で温められ、二酸化炭素を除去するために水酸化リチウムキャニスターを通じて通過する前に、熱交換器で冷却されます。水は液体冷却ガーメント(LCG)によって循環し、また供給水を冷やす別個の供給装置に熱を与える熱交換器を通じて流れます。供給水は昇華器、それには氷の層も存在しており、最終的には蒸発し、そして余分な熱を運び去ります。前景に胸に取り付けられたリモートコントロールユニット(RCU)の制御部を見ることができます。金色のロータリースイッチは無線伝送モードを選択します。スイッチの右に酸素の圧力計があります。右の警告表示上の5つのウインドウと宇宙飛行士がPLSSをしてる際に起きた問題を伝えるための警告フラグがあります。ガード付きスイッチは、酸素をPLSSから抽出し、宇宙服の内側に移動するよう、PLSSファンのオペレーションを制御します。


水再充電装置。PLSSの下部裏側に冷却用の給水と排水貯蔵容器のための取り付け具があります。


水流制御モジュールはPLSSの下部前方のコーナーにあります。流量制御弁(バルブ)は、宇宙服内の冷却レベルを調節するために使われていて、宇宙飛行士の右側の部品にある白い2又のレバーです。宇宙飛行士は右手でレバーを操作することができます。


水流制御部品の側面図。冷却レベルを調整するために使われる流量制御弁(バルブ)は右下にあります。


宇宙飛行士の左側のショルダーベルトはPLSSに接続されています。ストラップは胸上部の取り付け位置に肩の上からつながっている袖を通過します。この袖は、宇宙飛行士のヘルメットをカバーするために使われたフードで隠されています。PLSSの上部の切り取られた部分は展示のためであり、実際のミッションで使われるPLSSとは異なります。


PLSSの宇宙飛行士から見て前方右側の水流量制御弁(バルブ)のクローズアップ写真は、左側に載せてあります。PLSSの下の金属ブラケットは展示用のユニットを支えているものです。


右の写真は宇宙服とPLSSの宇宙飛行士から見た右手側を写しています。OPSの下端は写真の左上に見えます。宇宙服の肩を超えるところにPLSSとOPSにつながっているリモートコントロールユニットを接続するケーブルがあります。PLSS側面に沿っているホースはOPSから酸素を運んでいます。金属ブラケットは展示用です。


ハッセルブラッドカメラと取り付け金具。RCUの前面に接続されていて、手を使わないで持ち運んだり指だけでポイントしたりすることを可能にしています。ピストルグリップにあるトリガー(グローブによってこの写真では見えないが)はシャッターとして機能します。交換可能なフィルムマガジン(ここではマガジンCを見ることができる)は、さまざまなフィルムロールを簡単に交換できるようにしました。


この写真ではバイザーとサイドシェードが良く見えます。大き過ぎにも見えるタブは、バイザーとサイドシェードが良く見える写真があります。金色にコーティングされたバイザーと不透明なサイドシェードを上げ下げするために使われたことに注意してください。宇宙服の首回り内側のブラケットは宇宙服を収納する時に使われたハンガーです。


安全性が酸素浄化弁(バルブ)によってもたらされる「赤いリンゴ」、これは宇宙服の宇宙飛行士から見た正面右側に位置していました。ピンが抜かれた後、宇宙飛行士はバルブを開くことができるようになりました。


バルブはPLSSに障害が発生したときにのみ開くことができるようになっていました。そのような障害が発生した場合、RCUの脇にあるレバーを使って宇宙飛行士は酸素浄化システムを活性化し、そして酸素の流れを正しくコントロールする圧力調整をするためにバルブを開くだろう。そうすることで酸素はOPSから宇宙服に流れ、そしてバルブから出て行くだろう。


国立航空宇宙博物館に展示されているPLSS
これらの写真はユリ・ロッズマンによって2004年10月に国立航空宇宙博物館で撮影されました。写真をクリックすれば大きな写真を見ることができます。
Back View 
Front View
Back/Left View
Front/Left View

PLSSの改良
最初の数ミッションを行いながら経験と自信を積むことによって、長時間のEVAを行うことが明らかになってきました。アポロ11号から14号のEVAは4時間に制限されていました。アポロ15号から17号ではより挑戦的な探索計画を行うため、PLSSの動作可能時間が2倍の8時間になりました。PLSSに対しての変更は次のようになっています。

酸素の容量:一次酸素ボンベの圧力が1020 PSIAから1430 PSIAに増やされました。
冷却水の給水:8.5ポンド(約3.9リットル)から11.5ポンド(約5.2リットル)に増やされました。
バッテリー:容量は279ワット/hから390ワット/hに増やされました。
水酸化リチウム:LiOHの保持量が3.0ポンドから3.12ポンドにキャニスターが増やされました。

OPSの容量は変更されず、呼吸や冷却用の酸素は約30分ぶんのままでした。バディの二次生命維持装置(SLSS)を組み合わせたとき、それで冷却用のPLSSの機能をまかなうことによって、OPSは75分~90分の酸素を供給することができます。


アポロ計画捏造説#46 につづく

アポロ計画捏造説#44 Daft PunkのContactという曲に入ってるアポロ17号の船長の音声

アポロ計画捏造説#43 では、宇宙飛行士とフリーメーソンとの関わりについてまとめました。

ちょっと知恵袋でおもしろい質問に対応したので、それについて書こうと思います。

今回はアポロ捏造とは全く無関係な記事になっています。


知恵袋ID: q10162788540

質問概要
Daft Punk の Contact という曲に入ってるアポロ17号の船長の音声を訳してほしい。
※全文まるまるではなくて、意味の分かりにくい一部について質問が出ていました。


詳細なやりとりは上に載せた知恵袋リンクからアクセスできるので割愛しますが、質問者さんはDaft Punkがとても好きな方なのが分かりました。

せっかくの機会なので、ここにContactの曲とその曲に出てきた宇宙飛行士の会話の訳を載せたいと思います。

Daft Punk - Contact (Official Audio)

Cernan:
“Hey Bob I’m looking at what Jack was talking about and it’s definitely not a particle that’s nearby. It is a bright object and it’s obviously rotating because it’s flashing, it’s way out in the distance, certainly rotating in a very rhythmic fashion because the flashes come around almost on time. As we look back at the earth it’s up at about 11 o’clock, about maybe ten or twelve diame…Earth diameters. I don’t know whether that does you any good, but there’s something out there.”

このセリフは宇宙飛行士サーナンがアポロ17号に乗って月に向かう途中にしたもので、UFOに遭遇した時に発言したものと言われています。
宇宙船には3人の宇宙飛行士が乗っていました。サーナン(Cernan)、ロナルド・エヴァンス(通称RonなのだがここではBobかもしれない)、ハリソン・シュミット(通称Jack)です。

これらを踏まえて、全訳です。

サーナン:
ヘイ、ボブ。私はジャックが話していたものを見ているのだけど、それは絶対に近くにある塵ではないよ。それは明るい物体で、点滅しているから明らかに回っている、離れたところにあるおかしなもので、リズミカルな動きで回っている、なぜなら点滅はほとんど規則正しく起きているからだ。地球側を振り返ってみると、地球の方向11時か、ひょっとすると10時か12時かもしれないが、その方向に見える。そのことがあなたを正常でいられるかどうか私には分からない、しかし何かが外にいるようだ。

アポロ計画捏造説#45 につづく

アポロ計画捏造説#43 宇宙飛行士とフリーメーソンとの関わりについて

アポロ計画捏造説#42 では、月の石が木の化石だった疑惑について調べてみました。

ウィリアム・ドレースがフリーメーソンの一員だったということで、今回はフリーメーソンについてまとめてみることにしました。

実はアポロの偽装にフリーメーソンが関わっているという話は今に始まったことではなく、アポロ陰謀論を最初に唱えたビル・ケイシング(Bill Kaysing)が既に指摘していました。


フリーメーソンについて
Wikipedia英語版(Freemasonry)から抜粋します。
Freemasonry or Masonry consists of fraternal organisations that trace their origins to the local fraternities of stonemasons, which from the end of the fourteenth century regulated the qualifications of stonemasons and their interaction with authorities and clients.
フリーメーソンあるいは単にメーソンは、14世紀の終わりごろから始まったもので、石工職人の資格を持った者や彼らの経営者や顧客とかの地元の石工職人有志で集まった友愛組織です。

The degrees of freemasonry retain the three grades of medieval craft guilds, those of Apprentice, Journeyman or fellow (now called Fellowcraft), and Master Mason.
フリーメーソンの称号には、medieval craft guilds(古工芸ギルド)の3つのグレード、見習い、熟練職人、会員(今はFellowcraftと呼ばれる)の3つのグレード、それとマスターメーソンといったものがあります。

These are the degrees offered by Craft (or Blue Lodge) Freemasonry.
これらの称号はクラフト(あるいはブルーロッジ)フリーメーソンから与えられます。

Members of these organisations are known as Freemasons or Masons.
これら組織のメンバーがフリーメーソンあるいはメーソンとして知られています。

Wikipedia英語版(Freemasonry)には近年の世界中に広まったフリーメーソンについてなど詳細情報が書かれていますが、ここでは概要が知りたかったのでここまでにします。


フリーメーソンとアポロ計画とのつながり
フリーメーソン会員の宇宙飛行士です。
アポロ計画の前に行われたマーキュリー計画やジェミニ計画の宇宙飛行士も含めています。

グリソム(マーキュリー・レッドストーン4号 / ジェミニ3号 / アポロ1号)
ゴードン・クーパー(マーキュリー・アトラス9号)
ジョン・グレン(マーキュリー・アトラス6号)
ドン・エイゼル:(アポロ7号)
エドウィン・E・オルドリンJr.:(アポロ11号)
ジェームズ・アーウィン(アポロ15号)
エドガー・ミッチェル(アポロ14号)
ウォルター・シラー(マーキュリー・アトラス8号 / ジェミニ6号 / アポロ7号)
トーマス・スタッフォード(ジェミニ6号 / ジェミニ9号 / アポロ10号)

※グリソムはアポロ1号の事故で亡くなりました。陰謀論の中では、彼は秘密をばらすと脅したため、事故に見せかけて殺されたとも言われています。(※アポロ計画捏造説について⑬-どのようにして秘密を守ったのか参照)


フリーメーソンがアメリカでどのくらいの割合でいるのかの詳細が分からないため、これだけの情報だけでは多いのか少ないのかは判断できないです。
ただ、一般的にはこの数は多い(宇宙飛行士はフリーメーソンとの関わりが深い)といわれているみたいです。

アポロ計画捏造説#44 につづく

アポロ計画捏造説#42 月の石が木の化石だった疑惑について

アポロ計画捏造説#41 では、WikipediaのNetherlands lunar sample displays(オランダの月サンプル展示品)を訳してみました。

ここではなぜこの記事を訳したのかとその考察をしてみたいと思います。

事の発端
まず、事の発端は2009年のニュース記事でした。

「月の石」、実は木の化石だった オランダ国立美術館(2009年08月29日)
オランダのアムステルダム国立美術館(Rijksmuseum)は、同美術館が収蔵している「月の石」が、実は樹木の化石だったことが分かったと発表した。


詳細情報
細かい情報がWikipediaのNetherlands lunar sample displays(オランダの月サンプル展示品)に書かれていました。
※全訳はアポロ計画捏造説#41を参照

ここには下記のように書かれています。
  • 月の石を調査したところ、おそらくアリゾナ州から採取された石化した木であることが2009年に判明した。
  • 駐オランダ米大使ウィリアム・ミッデンドルフⅡ世が1969年10月9日にオランダの元首相ドレース氏に「月の石」をプレゼントした
  • アポロ11号の宇宙飛行士はその当時に親善ツアーでオランダを訪れていた
  • ドレース氏の孫が考えるには、月の石を宇宙飛行士からもらったものとドレース氏が勘違いしてしまったのではないかということです。
  • アムステルダム国立美術館がこの月の石を1992年に受け取ったとき、博物館はNASAに電話で連絡を取った。しかし実物を見るわけでもなく、月の石でありうると言われただけだった。
  • USA Today紙はこの事実をもとにアポロの月面着陸による展示品にたいして注意喚起を訴えている。

しかし、ここまで大きな情報が勘違いというのもおかしいです。
WikipediaのNetherlands lunar sample displaysにはこの記載情報についてのソースがついていたので、それを確認します。


勘違いと書いてあった情報のソース記事
Apollo moon rocks lost in space? No, lost on Earth (USA Today)
The U.S. ambassador gave Drees the rock during an Oct. 9, 1969 visit by the Apollo 11 astronauts to the Netherlands. Drees's grandson, also named Willem, told the AP his grandfather had been out of office for more than a decade and was nearly deaf and blind in 1969, though his mind was still sharp.

アメリカ大使はアポロ11号の宇宙飛行士がオランダにやってきていた1969年10月9日に、ドレース氏に石をプレゼントした。ドレース氏の孫、ウィリアムさんは、AP紙に次のように語りました。祖父は1969年には既に10年以上オフィスを離れていて、意識ははっきりしていたけど耳もほとんど聞こえなければ目もほとんど見えなかった。


なんかちょっと怪しい気がしました。
なので、ウィリアム・ドレースについて少し調べました。
英語情報は既に手が加わっているかもしれないので、オランダの情報で確認しました。


ウィリアム・ドレースについて
W. (Willem) Drees - Hoofdinhoud
パーティ/運動
PvdA (Partij van de Arbeid), van 9 februari 1946 tot 30 juni 1971
PvdA(労働党):1946年2月9日から1971年5月30日

党政治
lid-voor-het-leven partijbestuur PvdA, vanaf november 1959 (woonde tot september 1966 regelmatig vergaderingen bij)
労働党政府、1959年11月から(1966年9月までミーティングには定期的に出席)

一般的な事実
Brak in 1971 met zijn partij, uit onvrede over de samenwerking met andere linkse partijen en de in zijn ogen te radicale koers van de PvdA
他の左翼政党や労働党過激派との関係がうまくいかず、彼の政党は1971年に崩壊した。

Bleef ook na zijn vertrek uit de PvdA - ondanks doofheid en slechtziendheid - een actief volger van de politiek en gaf tot op hoge leeftijd van tijd tot tijd nog commentaar
難聴と視覚障害にもかかわらず、労働党から離れた後でさえも政党のアクティブフォロワー達と関係を維持し、時々再検査をしつつ年を取っていった。

出版物
"Monarchie, Democratie en Republiek" (1969)
「君主制、民主主義と共和国」(1969)

"Het Nederlandse Parlement vroeger en nu" (1975)
「オランダの議会過去と現在」(1975年)

"Marx en het democratisch-socialisme" (1979)
「マルクスと民主的社会主義」(1979年)

"Herinneringen en Opvattingen" (1983)
「記憶と意見書」(1983年)

Willem Drees(英語版Wikipedia)
Drees was a Teetotaler, and also a Freemason .
ドレース氏はフリーメーソンの一員だった。


ここまでの情報を見て
ウィリアム・ドレースは1971年まで政治活動をしていました。
難聴と視覚障害は確かに書かれていたが、1983年まで本を出版しており大きな不自由は感じられなかったと考えられます。

「1969年には既に10年以上オフィスを離れていて、意識ははっきりしていたけど耳もほとんど聞こえなければ目もほとんど見えなかった。」という証言は明らかにおかしいです。

また、この情報が書かれているのはUSA Today紙のみであり、おそらくUSA Today紙とWikipediaを利用した偽装工作ではないかと思います。


フリーメーソンについては次まとめようと思います。

アポロ計画捏造説#43 につづく

アポロ計画捏造説#41 WikipediaのNetherlands lunar sample displays(オランダの月サンプル展示品)を訳してみました

アポロ計画捏造説#40 では、チーム「ねつぞう」のことについて書きました。

今度はWikipediaのNetherlands lunar sample displays(オランダの月サンプル展示品)を訳してみました。
間違ってるところがあったらそれはごめんさい。

このページはWikipediaのページを訳しただけの公平な内容ですが、ブログ全体はアポロ捏造説について書かれています。人によっては受け付けないと思いますので、そういう人は他のページは参照されないよう、くれぐれもご注意ください。

Netherlands lunar sample displays(オランダの月サンプル展示品)

オランダの月サンプル展示品はアポロ11号とアポロ17号のミッションで持ち帰られた月標本の小さな断片で構成された2つの記念盾であり、親善の贈り物としてアメリカ大統領リチャードニクソンによってオランダの人たちに与えられたものです。

説明

アポロ11号

オランダのアポロ11号展示品
オランダのアポロ11号月サンプル展示品記念盾は、アポロ11号の宇宙飛行士ニール・アームストロングとバズ・オルドリンによって1969年に持ち帰られた4つの米粒大の「月の石」標本と、月に持って行った上で地球に持ち帰られた小さなオランダの国旗で構成されている。

4つの「月の石」の重さは合計で約0.05グラムとなっています。これらはコインサイズの透明プラスチックボタンに包まれており、小さな台座の上に載せた30センチ四方の木の板に取り付けられています。小さな額のディスプレイにはアポロ11号によって月に持って行った上で地球に持ち帰られた小さなオランダの国旗が乗せられていて、「親善の月の石」の下に直接置かれています。小さな額のディスプレイはアメリカの大統領リチャードニクソンからの贈り物としてオランダの国民に与えられました。同じような月サンプル展示品はアメリカのすべての州と世界のすべての国に配布されました。

アポロ17号

オランダのアポロ17号展示品
オランダのアポロ17号月サンプル展示品記念盾(10×14インチ)は、「月玄武岩サンプル70017」から切り出された1つの「月の石」のかけらの標本とオランダの国旗で構成されています。玄武岩70017は宇宙飛行士ハリソン・シュミットによって1972年に月から持ち帰られました。月玄武岩サンプル70017が月から地球に持ち帰られてから、この岩はおよそ1グラムの小さなかけらに細かく切り出されました。標本はプラスチック製のボールに包まれ、アポロ17号の乗組員によって月に持って行った上で地球に持ち帰られたオランダの国旗とともに木の額に乗せられました。額は1973年当時リチャード・ニクソン大統領によってオランダに与えられました。大統領はその年世界のその他134カ国に対しても同じことを行いました(アポロ11号の額の贈り物においても同様)。これは平和と調和を促す親善の表現として行われました。

歴史

アムステルダム国立美術館
他の「親善の月の石」の記念額ディスプレイがいくつかの受領国で紛失してしまったのだが、オランダのアポロ11号と17号の「親善の月の石」の記念額ディスプレイは国内で正しく管理されていました。しかし、オランダのアムステルダム国立美術館は、当時のオランダ首相ウィリアム・ドレースから1992年に受け取った「親善の月の石」が偽物であると、2009年に宣言しました。この「月の石」は、金色の台紙片上に載せて10年以上展示されていて、89グラム(3.1オンス)の重さがあり、オランダのアポロ17号の月サンプル展示品となっている月玄武岩サンプル70017から切り出された1グラム片よりもはるかに大きい。2009年にアムステルダム国立美術館でテストしたところ、おそらくアリゾナ州から採取された石化した木であることが判明した。アムステルダム国立美術館はこの「月の石」のためにƒ100,000(2012年の通貨価値で€50,000 [$85,000])の保険をかけていました。

調査によって次のことが明らかにされました。アメリカの大使ウィリアム・ミッデンドルフⅡ世が1969年10月9日にドレース氏に「月の石」をプレゼントした。アポロ11号の宇宙飛行士はその当時に親善ツアーでオランダを訪れていた。ドレース氏の孫が考えるには、受け取った月の石がアポロ11号のミッションによるものだとドレース氏が勘違いしてしまったのではないかということです。ドレース氏所有の「月の石」をアムステルダム国立美術館が1992年に受け取ったとき、博物館は出所の確認をするためNASAに電話で連絡を取った。しかし実物を見るわけでもなく、電話上で月の石でありうると言われただけだった。USA Today紙は、アムステルダム国立美術館所有の「月の石」が偽物だった事実を受け、ニクソン政権からアポロ11号と17号の月の額ディスプレイを受け取った世界各国およびアメリカ全州に対して展示品を正しく識別し安全に管理するよう、注意喚起を訴えている。

月の石の研究者ロバート・パールマンによると、オランダのアポロ11号および17号の月サンプル展示品はオランダのライデンにある国立の科学と医学の歴史博物館(National Museum of the History of Science and Medicine)に置かれている。

アポロ計画捏造説#42 につづく

アポロ計画捏造説#40 チーム「ねつぞう」

アポロ計画捏造説#39 では、アポロの正確すぎる地球帰還の疑惑についてまとめました。

ここ最近Yahoo知恵袋のアポロ関連の議論に参加しているのですが、そこで私は2人の友人(mpcsp079さんとexja1ysmさん)と知り合いました。もちろん2人ともアポロ捏造派です。

ここ数日は彼らと知恵袋上でチャットしているのですが、とっても楽しいです。

そして、一番おもしろいのが、私含めた3人がそれぞれアポロが捏造と考えた理由や疑惑に対する視点が違うことなのです。

  • 私(waian_346)が捏造と断定したのは映像疑惑が最終的な決定打でした。
  • mpcsp079さん(ハンドル名:サム)は月着陸時にバランスを取ることは不可能であるという工学的な理由でした。
  • exja1ysmさん(ハンドル名:G3)はもし自分が月面着陸したらどうなのか(アポロ宇宙飛行士達の様に振る舞えるか)といったことから疑惑が始まり、技術的観点で調べていくうちに疑惑を確信に変えていったということなのです。

今はたくさんの技術情報や疑惑情報を共有していて、当時のソ連も偽装していたね、とか、JAXAやNASAの火星探査も間違いなく怪しいね、とか、そういったことも話しています。

そうそう、チーム「ねつぞう」は私が勝手に名付けました。
メンバーにこの名称のことを話してもいなければ同意も何ももらってません。
あくまで私だけが呼んでる仮の名称です。

アポロ計画捏造説#41 につづく

アポロ計画捏造説#39 アポロの正確すぎる地球帰還

アポロ計画捏造説#38 では、アポロ計画に関わった主な企業・組織・団体をまとめました。

あともう一つアポロの疑惑情報を知っているので、ここではそれを紹介したいと思います。

タイトルは「アポロの正確すぎる地球帰還」で、地球帰還時に海に着水するのがあまりにも正確すぎるという疑惑です。

パラシュートを使った帰還カプセルの帰還時に発生する要因
  • 地球周回中つまり大気圏再突入時の速度は約8km/s(28,800km/h)になる。
  • ほんのわずかな誤差でも大事故となりうる。
  • 帰還カプセルを操縦することはできない。(※出典:Wisnewski, p.235)
アポロの着陸は地球軌道の周回なく、月のフライトから直接行われたといわれている。その速度はおよそ12km/s(40,000km/h)であり、これは地球軌道を周回するケースと比べて50%も速い。(※出典:Wisnewski, p.235)

アポロ計画が行われた当時、これはシミュレーションセンターでコントロールされたのだが、GPSは存在せず(※出典:Wisnewski, p.236)、着陸システムのための計測機器も存在せず、目視確認での着陸もまた不可能だった。パラシュートを使う際、気温、空気密度、風といったことに影響を受ける。アポロ11号で言えば、帰還時のパラシュートは高度7.5kmで開かれた。この高さからであれば、風は意のままに帰還船を操ることができる。(※出典:Wisnewski, p.236)

こういった環境を踏まえれば、計画された着陸地点からわずか数kmの地点に着陸することは絶対に不可能なことが分かる。数百km、数千kmの差異がでるのが通常である。ロシアは中国領土に着陸したりもしていた(※出典:Wisnewski, p.236)。アポロ計画以前に行われたジェミニ計画を例にすると、着陸地点は90km範囲の550の着陸地域で計画されている。(※出典:Wisnewski, p.239)

したがって、10km未満の差異で正確に着陸することは「ラッキーヒット」なのだ。しかし、一連のプロジェクトの中で10km未満の差異で正確に着陸することは数度となく行われており、もう「ラッキーヒット」とは言えない「別の理由」があることに他ならない。つまりそれは、貨物航空機で着陸地点上空高いところに行き、帰還カプセルを空中投下したということが考えられる。1000回ものトレーニングが行われたのではないだろうか。(※出典:Wisnewski, p.242-243)

これらの空中投下はベトナム戦争でも既に実践されているありふれた手法だった。

大きなヘラクレス貨物機からなら供給物資だけでなく、車やタンクを落とすこともできる。(※参照:http://www.fas.org/man/dod-101/sys/ac/c-130.htm)

アポロ計画の計画された着陸地点からの差異
プロジェクト
Miss Distance (kilometres)
真偽
アポロ7号
3km
Fake
アポロ8号
2km
Fake
アポロ9号
5km
Fake
アポロ10号
2.4km
Fake
アポロ11号
3.13km
Fake
アポロ12号
3.7km
Fake
アポロ13号
1.85km
Fake
アポロ14号
1.1km
Fake
アポロ15号
1.85km
Fake
アポロ16号
0.55km
Fake
アポロ17号
1.85km
Fake
(※参照:https://en.wikipedia.org/wiki/Splashdown)

ここでは詳細は記載しないが、ジェミニ計画の"Miss Distance"も上記のWikipediaページ中には公開されており、大半はFakeであることが分かる。
大西洋の着陸地点
太平洋の着陸地点
感想
今まで宇宙飛行士たちは月に行かずに地球上を周回していると思っていました。
しかし、この疑惑から考えると、ロケットは宇宙飛行士を乗せずに空っぽで飛んで行ったことが分かりました。

参考URL
http://www.hist-chron.com/atmosphaerenfahrt/27_apollo-Landing-aberrations-airdrops-ENGL.html
https://en.wikipedia.org/wiki/Splashdown
Gerhard Wisnewski: Lügen im Weltraum [Lies in Space]; Knaur 2005

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